平成21年度第2回技術セミナーは3月17日(水)午後、社団法人日本酪農乳業協会(Jミルク)普及部長高見裕博先生を講師に迎え「メタボリックシンドロームと牛乳・乳製品」という時機を得たテーマで開催されました。当稿は先生のご許可を頂いた録音から事務局福田が書き起こしたもので文責は事務局にあることを最初にお断りしておきます。

今回、「最新の乳業状況」と言ったテーマで事務局より講演のご依頼を頂いたのですが、こういったお話については貴協会の会員の方々も、他の機会にお聞きになることも多いのはないかと思い今回のテーマとさせて頂きました。と申しますのも私の所属しております(社)日本酪農乳業協会では昨年乳業4社の従業員と家族約14,000名を対象にメタボリックシンドロームと牛乳・乳製品摂取の関係についてアンケート調査を行い、現在約9,000名の有効回答の解析を進めております。本日の講演の最終部分でも少し触れさせて頂きますが、牛乳・乳製品の摂取量が多い程、メタボリックシンドロームになりにくいという統計的に有意な結果も出てきております。これらが纏まればインパクトのあるデータになるのではないかと考えております。

ではまずメタボリックシンドロームについて少し説明したいと思います。メタボリックシンドロームとは内臓脂肪症候群のことでありまして、食べ過ぎや運動不足に遺伝や体質に因るものも加わって、内臓脂肪が蓄積され、結果的に血糖をコントロールするホルモンであるインスリンのその濃度に見合った働きが低下し、血中のインスリンの量が多くなります。これが高血圧、高血糖、脂質異常をもたらし、ひいては個人差がありますが、加齢に従って動脈硬化による心筋梗塞や脳卒中のリスクが高くなるということです。生活習慣病という言葉をお聞きになったことがあると思いますがメタボリックシンドロームはそのなかの一つということになります。動脈硬化は動脈血管にコレステロールがたまり、そのためスムーズに血液が流れなくなる症状です。これにより冠状動脈の血液の流れが悪くなると狭心症を起こし、ひいては心筋の細胞がエネルギー不足になり壊死する心筋梗塞になり、死につながることもあります。また脳血管で同様の現象がおきると脳梗塞や脳出血という深刻な事態に陥ります。

その生活習慣病のなかで糖尿病は日本人的食生活の欧米化と運動不足が原因ですが、現在では患者数は890万人、糖尿病のリスクを持っている方を加えると約2,200万人と言われております。しかし日本人の平均エネルギー摂取量をみると1970年をピークに逆に1,900Calを割り込むような減少傾向にあります。ただ若い女性の極端な摂取カロリーの低下に代表される、摂取不足と、過剰摂取の両極分化が見られることが問題点として指摘されております。運動不足という観点で言えば厚生労働省の「健康日本21」で提唱された男性1日9,200歩の目標に対して、現在7,100歩程度まで減少しております。これは車社会の進展によるものが大きいと思われ、東京などの大都市では公共交通機関の発達により、乗り継ぎ等で比較的歩くことがあるようですが、地方都市では車が主な移動手段となっておりこれが肥満率を高めているという一面もあるようです。また従来コメと魚を主食としてきた農耕民族の日本人はインスリンをそれ程必要としていなかったのですが、生活水準の向上と食生活の欧米化による肉食の増加が日本人にインスリン不足をもたらしているという見方もできます。これを裏打ちしているのが最近急激な経済発展を遂げている中国やインドの富裕層を中心とする糖尿病の増加です。

肥満度の指標であるBMIは皆様もうよくご存知のこととは思いますが、逆に若い女性の「痩せすぎ」や「痩せ願望」が大きな問題として指摘されていることをご存知でしょうか。Jミルクが毎年行っている10万人骨密度調査の2年前の分析で、「今の20代の女性は骨密度が低く、老後骨粗鬆症になるリスクは現在の老年層よりも非常に高い」という発表を行いマスコミでも大きく報じられたことがありました。

肥満と一言で言いますがご注意頂きたいのは「肥満」と「肥満症」の違いです。これは皮下脂肪と内臓脂肪の違いとも言えます。また内臓脂肪は溜まりやすいですが、運動等によって減らすことも可能です。この内臓脂肪が生活習慣病のリスクを高めているわけです。

先程お話した糖尿病は様々な合併症を引き起こす大変怖い病気です。目、足、脳、心臓、腎臓に色々な合併症を起こします。例えば慢性腎疾患では一番ランクの高いとされている、透析療法の適用に至るまでに、既にかなりの方が亡くなってしまうという現実があります。また遺伝的な要素もあるとされており、一見「痩せ」の方の隠れ肥満も問題視されています。検診等で空腹血糖値等の問題点を指摘されたら早めの精密検査をお奨めします。なお国立栄養研究所の杉山先生はご飯と牛乳・乳製品の組み合わせの食事が血糖の上昇を緩やかにするという発表をされています。

高血圧ですが国民の半分は高血圧症であるというデータもある位日本人に多い病気です。またストレス等の影響も受けるため診察室で計測する血圧だけではなく家庭で計測する血圧(家庭血圧)の重要性が指摘されています。サイレントキラー(沈黙の殺し屋)と呼ばれる自覚症状のない大変怖い病気です。なお脂質異常症は従来の高脂血症から名称が変更され、診断基準から総コレステロールが除外されています。

本題のメタボリックシンドロームは内臓脂肪蓄積に加えて、心疾患血圧高値、脳血管疾患脂質代謝異常、動脈硬化糖代謝異常の内2項目が該当すると、危険因子が多くリスクが高いメタボリックシンドロームとされます。特定保健指導はその状態(ステップ)によって、積極的支援、動機づけ支援、情報提供各レベルによって層別され、栄養士等によって指導が行われます。厚生労働省は各健康保険組合の取り組みの成果によって補助金等が勘案されるという施策でその進捗を進めようとしているわけです。

さて今回の主題である牛乳との関係ですが、高校3年生の牛乳飲用量と体脂肪の縦断研究や、辻学園の広田先生の女子学生40名の牛乳摂取と非摂取者の4カ月の食事と運動によるダイエット後の体重差の違い、また特に筋量の違いの結果から適度な牛乳の摂取は体脂肪の増加と関係がなく、また筋量を増加させるということが報告されています。牛乳の摂取が血清コレステロール値を上昇させるのではないかという疑問については、様々な被検者による調査により、健常な日本人であれば少なくとも1日600ml位までの普通牛乳の摂取では血清コレステロール値の上昇はあったとしても一過性で長期的に何ら影響しないということが判明しております。また牛乳200mlに含まれるコレステロールは、日本人が1日の食事から摂取する、体内に必要とされる量の2%という少ない量です。これはアメリカの研究結果ですが牛乳乳製品の摂取量とメタボリックシンドロームのリスクの相関を統計処理したところ、摂取量の多い層(クラスター)のリスクが低いという結果がでております。日本のデータとしては最初にお話しした乳業4社のデータ取り纏めも進んでおり興味深い結果がご報告できると思います。


(社)日本酪農乳業協会(Jミルク)は牛乳・乳製品の効用を科学的なエビデンスに基づき、特にオピニオンリーダーの方々にお伝えするという活動を、色々な対象や方面で行っておりますが今後とも牛乳・乳製品の良さを少しでも多くの方にお伝えすることができるように活動を続けてまいります。

高見先生はこの他、低出生体重児の出生率の増加や幼児のカロリー摂取量の減少の問題点、妊娠時の喫煙が胎児に及ぼす悪影響等、幅広い関連分野を網羅した講演をされましたが、当該部分は残念ながら紙面の都合で割愛させて頂きます。