事務局田中

恒例となっている社員総会後の記念講演は厚生労働省食品安全部滝本監視安全課長をお迎えし、今後の食品の安全衛生の方向性に大きな影響を与えると考えられるHACCPに関する今後の取り組みについてご講演頂きました。なお本講演録は滝本課長のご許可を頂いた録音から事務局が書き起こしたものですが文責は当協会事務局にあることを最初にお断りしたいと思います。(事務局田中)

第3回 ―HACCPに関する今後の取り組み―
食品の安全衛生に関するHACCPについて我が国の取り組みの方向性が大きく変わり、その導入に関してよりアクセルを踏むこととなりました。去る5月12日に地方自治体向けに通知を出しておりますが本日はその内容と今後の方向性についてのお話しさせて頂きたいと思います。

HACCPとは

まずHACCPの考え方が国際的に提唱されたのは21年前ですが、元々はアメリカの人類初の月への有人宇宙飛行計画であるアポロ計画の折、宇宙食の安全性の確立の為にNASA等が開発した手法と聞いています。

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食品の安全確保の上で、従来方式ですと例えば微生物に汚染や化学物質が混入していないことを確認する為には、最終製品を一部抜き取って、そこで細菌数や農薬等の検査をしていました。工業製品ですと一律に作られていますので、例えばナット・ビス等は一定の規格内にあることを、一部抜き出して全体のロットを確認する事も可能かと思われます。食品の場合、食中毒事例を見ますと全部が汚染されているのは皆無であり、何か工程に不具合があって一部微生物が入っていたケースが殆どです。その場合、最終製品のロットから抜取り検査では全体の安全性を確認しにくい。また食品の検査は破壊検査ですので、検査をしたものは食べられない、外から見てチェックしようにも判らない。例えば蒲鉾でもそれを細かく切り刻んで細菌培養検査するが、その蒲鉾自体は食べられない。全部細かく検査すると、時間が掛かり過ぎて売り物にならない。相当の抜取りの数が必要で非効率である等の問題があります。
それをHACCPの場合は各工程で微生物、化学物質、金属防止の混入などの潜在的な危害を予測(危害要因の分析:Hazard Analysis)した上で、危害の発生防止につながる特に重要な工程(重要管理点:Critical Control Point)を継続的に監視・記録する工程管理システムです。これまでの抜取検査に比べ、より効率的に問題のある製品を未然に防ぐことが可能となるとともに、危害要因に追求を容易にすることが可能となります。
この考え方は、1993年にFAO/WHO合同食品企画委員会(コーデックス委員会)の「食品衛生一般原則」にHACCP運用ガイドラインが導入され、推奨されています。

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次にHACCPの7原則があります。一番重要な所は原則1の「危害分析」です。原材料から最終製品までの工程の中で「重要管理点を決定」して、その中で「管理基準を設定」して、その管理基準をキチンとクリアしているかの「モニタリング方法の設定」をしています。それが逸脱した場合の「改善措置の設定」、「検証方法の設定」、「記録の維持管理」することが7原則です。 またHACCPを組み立てる上で、5つの手順があります。「HACCPチームの編成」、「製品についての記述」、「使用についての記述」、「製造工程一覧表・施設の図面及び標準作業手順書の作成」、「現場確認」、この上に7原則がありシステムが出来上がります。

日本における対応

国際的に見てわが国はかなり早い段階で、平成7年(1995年)にHACCPによる衛生管理を食品衛生法に位置づけました。但し、その取り入れ方とはわが国では海外とは異なっていました。HACCP導入時の企業の負担が相対的に大きいため、これを国内で推進する手法が必要でありました。当時の「規制緩和」の一環として、HACCPの承認を受けると一律・硬直的な規格基準によらず、多様な方法による食品製造が可能になるということをひとつの「呼び水」として導入を行いました。言い換えれば規制強化ではなく規制緩和として、一律の製造基準ではなく、工程の各段階において安全を配慮した多様な方法による製造が可能になるとしました。それが総合衛生管理製造過程承認制度「丸総」として、企業の任意の申請に応じて審査し、厚生労働大臣が施設ごと、食品ごとに承認する制度となりました。それにより企業の判断により多様な方法での食品製造が可能としました。対象食品は食品衛生法に基づき製造・加工基準が定められた食品であって政令で定める食品つまり乳、乳製品、食肉製品等ですが、年々増加してきました。特に乳業界と食肉・精肉業界においてはHACCPの取組みが早く、ノウハウの蓄積も進んでいきました。

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しかし、平成12年に総合衛生管理製造過程の承認施設において大規模な食中毒事件が発生したこともあり、平成15年に制度の見直しが行われました。そこで有効期間3年の更新制の導入や食品衛生管理者の設置免除規定を削除し、また総合衛生管理製造過程承認制度実施要領を改正し、施設設備の設計図の原本の写しの提出、停電等の突発的事故等への対応を規定しました。このような事故が起こり益々承認を厳格にしようとする方向へ進みました。しかしこれは国際的にはまったく逆の方向でした。

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次に総合衛生管理製造工程の承認状況ですが平成25年9月現在の施設数533、件数は772です。清涼飲料水は対象商品として指定されるのが遅かったこともあり右上がりに伸びてはいますが、他の乳、乳製品、食肉製品については逆に減少傾向にあります。それは3年ごとの更新制になりまして、査察等を受ける企業側の負担が大きく、返上したケースや承認自体がより厳しくなった状況によるものです。HACCPを広めるためには例えばこの総合衛生管理製造工程の枠組みの中に冷凍食品等を対象に増やす選択肢もあったのですが、食品業界全体でHACCPを浸透させることを考えるとその効果は限定的に思われるので、承認制度とは別のツールでこれを広めることを考えるようになりました。

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一方でHACCPの導入を促進するために財政面で援助しようというHACCP支援法が平成10年に制定され、HACCPに対応した工場及び運用体制の整備の為に日本政策金融公庫による施設整備に対する長期低利融資の措置がとられました。

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これが5年ごとに延長され、昨年さらに延長されました。昨年改正では、HACCPの導入を一気に目指すことが困難な中小事業者が、高度化整備のみに取組む場合でもこの長期融資の対象とすることで、HACCP導入に至る前段階の衛生・品質管理の基盤となる施設や体制の整備を図ります。また当初この法律の有効期限は5年間でありましたが、基盤整備から行うので不十分であるので平成35年6月迄の10年間に延長しました。またHACCP義務付け等の国際動向を踏まえてHACCP導入が輸出促進に資することとなるよう位置づけを法律上明記しました。更に今迄はHACCP導入の施設に融資を行っていましたが、改正によりその導入に至る前段階の施設・設備の整備や従業員教育・コンプライアンスの徹底等であるような高度化基盤整備の計画のみでも新たに融資・支援対象としました。

我が国におけるHACCPの位置付け

このようにわが国ではHACCPの導入は、当初は規制緩和として多様な食品製造の方法を認めることでありましたが、実際には食品衛生法の製造基準とは異なる製造方法の申請の例は極端に少なく、法律で明文化されている趣旨とは異なる導入が多くなりました。
一方、欧米やアジア等の諸外国を見ると全て義務として導入されていますが、一方で当然外国でも小規模な企業はありますので、猶予期間はありますし、HACCPチームを作れない規模では外部からの助言や団体からのコンサルタントを受けることが出来るような柔軟な対応を行っています。つまり2003年のCodexガイドラインの改正に見られるように国際的には柔軟性を高める方向性です。ところが任意申請制度でスタートしたわが国は事故等の影響もあり運用は厳しく硬直的となりました。言い換えれば入り口の建てつけが義務と任意という異なったかたちで開始された制度が運用面ではその方向がわが国と外国では逆になっています。従って現在諸外国とわが国ではHACCPの取り組みについて相当な差が出てきているわけです。HACCPが安倍内閣の食品の輸出戦略の中で、例えば日本食の良さを諸外国に売り込もうとするなか、関税だけの問題ではなく、この衛生的な取り扱いつまりHACCPによる衛生管理がその要件のひとつとなっています。諸外国はHACCPによる衛生管理をしていない企業の製品は受け入れられないというルールです。わが国では非常に安全な食品が作られているにも拘わらず、HACCPの考え方に基づいた管理がされていないということにだけで国際的な流通が阻まれる現状があります。

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このようにわが国もHACCP義務化に向けて検討をすすめないと日本の食品の国際競争力は相対的に大きく低下することになりかねません。またこの輸出ばかりでなく、HACCPの取り組みは輸入食品の安全性確保ために進めていかなければならない事情があります。つまり「内外(対応)の無差別の原則」です。カロリーベースで6割を輸入にたよる我が国は、自国の食品でHACCPを適用しなければ、輸入する相手国にHACCPの適用の要求はできない状況となっています。現在輸入食品は水際で前述のような非効率な抜取り検査を行っていますが、本来はやはり工程上で管理しなければなりません。つまり相手国にHACCP対応求めなければならないのです。対応状況に問題があれば査察に行き、相手国のコントロール体制を確認すればよいのです。厚生労働省は輸出戦略の追い風の中でHACCPの普及に取り組んでいるとおっしゃる方もいますが、そうではなく輸入食品の安全性確保そして当然国内の食品のより一層の安全性向上の観点からの取り組みなのです。

海外のHACCP対応

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海外のHACCP制度を見ると、米国では1997年より水産食品、食肉・食鳥肉及び加工品等について段階的に義務付けしていますが、2011年の「食品安全強化法」で米国内食品設備はFDAによる登録・更新を義務付けられており、また対象施設においてはHACCPの概念を入れた措置の計画・実行を義務付けられています。日本のようにガチガチの厳しいものではなく、リスク分析をして、文書として残しておけば良い位のものです。EUでは、2004年より一次生産を除く全ての食品の生産、加工、流通業者にHACCPの概念を取り入れた衛生管理を義務付けていますが、伝統的な生産方法等に関しては柔軟性が認められています。カナダ、オーストラリア、韓国、台湾も危害の高い食品から段階的に義務付けられています。このようにHACCPは食品の国際流通での必須条件となっているわけです。日本は平成25年6月に日本再興戦略で食品の輸出促進として閣議決定された、目標の2020年に農産水産物・食品の輸出額の1兆円を達成するために、海外の安全基準に対応するHACCPシステムの普及の必要が求められました。水産食品及び食肉の輸出に関する施設等の登録要件はHACCP取得が要件であり、早晩他の国へ広がると思われます。中国がCHINA HACCPを輸入要件とする動きが出始めており、一方EUへの日本の牛肉の輸出もHACCP取得を前提に今年認められました。

今後のHACCP対応に向けて

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今迄のHACCPを巡る最近の動きで見えてくるものは、HACCPの国際標準化の中、海外での普及が進み、国内の食品の安全確保にも有効な手段でありまた食品の輸出戦略にも必須のものであるということです。当然輸出食品の安全性確保のためにも重要です。今後HACCPの認識を普及させる必要があるが、今までの総合衛生管理製造過程承認制度だけではなく、より柔軟性を持った導入・普及を進めて行く必要です。しかし、日本の現状を見ると、総合衛生管理製造過程承認施設数は減少傾向にあるし、普及率も低く、農林水産省の調査によると中小企業の普及率は27%となっているが実際はもっと少ないかも知れません。HACCP支援法の改正により、今後段階的導入のアプローチによる普及を進めやすくしたいと考えています。
具体的には昨年の9月から食品製造におけるHACCPによる工程管理の普及のために検討会が設置され、既に3回開催されています。その中間とりまとめによると、ひとつには総合衛生管理製造過程承認制度の承認を得ることが目的化してしまっていることに問題があると言う指摘があります。HACCPがゴールではなくスタートであり、PDCA的なアプローチで改善を進めより効率的なシステムに導くことが重要であり言い換えれば日常の衛生管理の一環としてHACCPを認識する必要があります。

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ではどうすればよいのでしょうか、食品衛生法第50条第2項の基準(管理運用基準)として、コーデックスのHACCPガイドラインに基づく基準(HACCP導入型基準)を設定し、従来の基準と選択できることとしました。将来的にはHACCP義務付けの方向に行くとしても現状では難しいところがあります。中小企業ですとHACCPとはなんですか?というところからスタートしなければならないので、まずHACCPの管理方法を認識するために、管理運営基準に従来型とHACCP導入型のふたつの基準から選択できるようにしました。

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従来の基準は網羅的にどのような食品でも適応できますが、直接関係のない細かな項目もあります。HACCP導入型はまず危害分析をして工程管理し、より集約的・効率的な管理基準となります。まずこのような環境を醸成してから今後HACCPの義務化を進めて行きたいと考えています。制度的には来年の4月からこの2種類の基準の選択性のルールが施行されます。また、導入に資する人材育成、団体等、一般消費者の理解も深めるきめ細やかな支援も進めていきたいとおもいます。このイメージの図のように従来の管理運営基準は全ての食品を対象とした規定に基づく全般的な管理であり、網羅的な管理ですが非効率な面があります。他方HACCP導入型基準は自社が製造する食品のみが対象で、この適用により自ら危害分析を実施し、重要管理点を重点的に管理することにより施設及び製品に適合した効率的な対応が可能となると考えています。(文責:事務局田中)

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